アイ ラブ ユー



「翼の欲しいモン?…アイツだった何でも手に入るんじゃね?」
「そうですか…」
「つか、永田さんでも翼のわかんないとこあるんだな」
「…えぇ。今回ばかりはお手上げです」
バカサイユの放課後。珍しく草薙に真壁の秘書永田が相談事を持ちかけていた。
「そっかー。でも、永田さんでもわからなかったらオレたちでも分からねぇと思 う」
「そうですか…」
ありがとうございます。と永田は草薙に一言残し、バカサイユを後にする。



永田が悩んでいるのは他でもない、真壁の誕生日プレゼントだ。毎年用意してい るのだが、今年はまだ用意出来ていない。何故なら真壁に聞いても答えないから だ。何度聞いても
「今年はお前が考えろ」
との一点張りで…永田にはまったく見当がつかない。今時の若い人が欲しいもの 。そして見劣りしないもの。考えれば考える程わからなくなる。ふと、腕時計に 目を落とすともうすぐ真壁のバイトの時間だった。



教室へ迎えに行き、真壁を引き取り車に乗せる。車中はとても静かで嫌な空気が 漂う。真壁も機嫌が悪い。そんな時は何もしない、言わないが一番いいと永田は 知っていた。
「いってらっしゃいませ」
車から降り、真壁を見送る。一言も口にせず、永田に背中を向ける。
(何をあんなに怒ってるんだか…)
本当に世話のかかる可愛い坊っちゃんだ。と永田は思い、少しだけ口元が緩む。 永田は幼い頃から真壁を見てきた。それは愛情深く…そしていつしか恋愛対象と して見るようになっていた。が、身分が違う。とてもじゃないが自分はあの横に は立てない。しかも同性。どう考えてもどう思ってもこの感情が届くことはない 。自分は少し後ろに立ち、成長していく背中を見続ける。真壁の背中を見つめな がら永田は思うのだった。


バイトを終えてきてからも一向に機嫌は直らず、食事をしているときも無言を貫 いている。
他の人といるときはそうじゃないと言っていたがそうなると、明らかに自分の 時だけ。ということは自分が何かしたのだ。 考えても思い当たる節がない。
(ワガママ坊っちゃんには困ったものだ)
皿洗いをしながら溜め息が漏れる。そんなワガママな子供を本気で愛しいと思っ ている自分は相当重症だな。皿洗いが終わり、リビングに向かうとすっかり寝入 ってしまった真壁がいた。そっと髪に触れる。

「もうこんなに大きくなられて、これからももっと大きな人になっていかれるん ですね」

永田は呟く。続けて

「そして――いつかは結婚をして、子供ができて…」

そこまで言って、言葉に詰まる。そうだ。この方には未来がある。

(好きになって…申し訳ございません)

決して口には出来ない。
見守ると決めたのだ。
ずっと、ずっと側にいると幼き頃に約束をした。今、ここでこの思いを口にする わけにはいかない。

「ずっと…ずっと側に居させて下さい」

髪に柔らかいキスを落とす。少しだけ独占させてください。卑怯とわかってます から。

何度も、何度も好きだと呟き…キスをする。



「な……がた……I…want it」



真壁の声に反応する。起きたかと思ったがどうやら寝言だったらしい。しかし、 その後の言葉に永田の動きが止まる。



「翼様。起きられましたか?ベットルームへ向かいましょう」
体を起こそうと腕を取ると逆に真壁に引き寄せられた。
「バカ、が……オレが欲しいのはオマエだ」
「な……お、起きてらっしゃったんですかっ…」
合わせる顔がない。大変なことをしてしまった。永田は焦るがどうすることも出 来ない。
「まったくスキのないやつが、オレに夢中でそんなことも気付かないとは」
困った奴だ、と真壁は呟く。永田は声を出せずただ抱かれたまま。真壁はそんな 永田を気にすることなく話を続ける。
「前にBirthday presentは何が欲しいか聞いたことがあったな。オマエの悩 んでる姿も可愛かったが…あまり悩ませると悪いから教えてやる」
そう言ったかと思うと、強引にキスをされた。永田は驚きを隠せなかった。
「オマエだ………オマエが……I want it」
叶わないと思いながら、願い続けていた。でも素直に受け入れていいものか躊躇 してしまう。明らかに真壁の邪魔になる。さしては父親にばれてしまったら、更 に真壁との関係が悪くなる。永田の顔が青くなる。
「おい、永田。返事はないのか?…もしかして…」
その次の言葉で永田は決心した。


「オマエまでオレを拒むのか?」


「いいえ…ずっと側に置いて下さい」
自然に言葉がでた。真壁の秘書になった時に誓った。この人の側にいると。例え 一時の気の迷いだったとしても。
「誕生日は期待してるぞ」
そう囁き、真壁はまた眠りについた。






「ハッピーバースデー、翼っ」
真壁の誕生日当日。バカサイユは賑わっていた。その部屋の片隅に永田はいつも のように佇んでいた。ずっと友達のいなかった真壁が誕生日を祝ってくれる仲間 が出来たことを永田は自分のことのように喜んでいた。
「永田さん。プレゼント考えた?」
草薙が不意に話しかける。
「あぁ……えぇ、まぁ」
言葉を濁して答える。
「ふぅん。まぁ、翼が幸せならいいや」
「一っ、何をしているっ?」
草薙の言葉は真壁の叫び声に遮られる。
「なぁんもしねぇよ!」
(食えない人だ)
草薙の後ろ姿に思う。この人は本当に勘の鋭い人だ。 少しうつ向いた視線をあげると真壁が見ている。呼ぶときは名前を呼ぶはずなの だが…と真壁は何やら大きく口をあけ何かを言っている。


(I love you)


…そんなことをしたら回りにと考えるがこの中で真壁を裏切る方はいない。 それにしても困ったものだ。これからはこんな毎日が続くのだ。そうは思いなが らも嬉しく永田も今日ばかりはと真壁の言葉に返す。


(私もです)