好きの雫



「ふ……風門寺君…」
「なぁに?ショウちゃん」
「…今回から君の担当になった二階堂です。宜しくお願いします、ね」
「そんなのポヘラッて知ってるよぉ」
この人だってきっと一緒。この人だって僕を邪魔な存在でみるんだ。今までもず っとそうだった。これからだって変わるはずない。そう思っていたのに……やっ ぱり人って単純。たった一言だったけど、僕の心をグッと掴んじゃったんだ。



「前から言おうと思ってたんだが、いい機会です。どうして君は笑っていない んですか?」



もう本気で泣きそうになったのを誤魔化そうとして思わず抱きついた。ショウちゃ んはすっごい困った顔して僕を引き離そうとしてその時はその話は流れちゃった けど…その瞬間から大好きになったんだ。





「センセ。久しぶりっ」
「あら、悟郎くん」
「そう、ゴロちゃん遊びに来ちゃった」
さりげなく辺りを見渡しショウちゃんを探す。
「あれ?ショウちゃんは?」
「二階堂先生は――」
「二階堂先生?自分もなのに?」
俺がそう口にしたら顔を真っ赤にして微笑んだ。本当に先生には敵わない。俺は それを取り繕った笑顔で茶化す。だってさ、先生のことだって大好きだからさ。 ショウちゃんも好きだけど、先生も好き。俺をちゃんと見てくれた人たちだから。 だから自分が我慢すればいい。実のらない恋を伝えて何も残らないより、幸せな 人たちを見ている方がうんと幸せ。
「なんだか照れくさいから学校ではそのまんまなんだ」
「………羨ましい」
「ん?何?」
「なーんでもなーい。でも残念。今日はショウちゃんにプレゼント持ってきたから さ」
渡しておく?と聞く先生に俺は首を横に振る。これは直接渡したいんだと伝える 。そっかと言う先生はやっぱりあの頃と変わらない笑顔だった。
「あ、そうだ。センセー?後でスリーサイズ教えてね」
「な……」
と、いいかけて思い出したかのように呟く。
「そっか。悟郎くんがデザインしてくれるんだっけ?ありがと」
「ポヘラッとやっちゃうからさ」
ありったけの笑顔で答える。今できる精一杯の笑顔。でも何だか胸が苦しくなっ て
「ショウちゃん探しに行ってくる」
と言って職員室を飛び出した。先生の前で涙を見せるわけにはいかない。どんな 事があっても笑顔を絶やしてはいけない。笑っていることに慣れたはずなのに、 大事な人たちの前では無器用な形でしか表せない。こんな感情まだあったんだ、 と再確認させられる。
ふぅっと上に向かって息を吐き出す。学校にはまだ沢山の生徒が溢れてる。
「かわいいー」
「誰?あの美人?」
自分に浴びせられる慣れた言葉。口元を上に上げて
「二階堂せんせ、どこいたかわかる?」
といつも通りに話しかける。急に話かけられたからびっくりして声が出せない様 子もいつも通りの反応。もう一回笑顔をみせると
「あっちにいましたっ」
「ポヘラありがとっ」
と、生徒が言った方向へ歩き出す。いつも通りの空間に囲まれると段々平気にな ってくる。大丈夫、いつも通りと思えてくる。
教室の角を曲がったところにショウちゃんはいた。窓の外を眺めている。あの横顔 も好き。全部大好きって今ここで叫びたくなる。いつもみたいに冗談じゃなく… 出来ないのを知っていてもそれでも考えてしまう。もう一回深呼吸して走って助 走を付けておもいっきり抱きつく。
「ショウちゃんっ」
「っ……て、風門寺くんっ…痛いじゃないですか?」
「ゴロちゃんの愛は痛いのだ」
「まったく…大学に行ってからも君はかわりませんね」
「えー、ポヘラ可愛くなったよ」
「仮にも男の子でしょうが…可愛いって言われて喜んでいてはダメです」
「だってかわいいんだもん」
「本当に……」
そういって少し口元を緩めて微笑む。胸が痛いよ、ショウちゃん。無防備に好きに させないで。これ以上不毛な恋を加速させないで。笑えなくなっちゃうよ。
「ところで今日はどうし……えっ…あ、ふ、風門寺君っ。どうしたんですか?」
「……ご、めんね。ごめん……ごめんなさい」
「えっ……どうして謝るんですか?どうして……」
涙が止まらなくなった。大好きが涙になって溢れかえってきた。どうして好きに なったんだろう。なんでショウちゃんなんだろう。叶うはずない、誰よりも遠くて 近いショウちゃんが誰よりも大好き。
顔を上げてショウちゃんを見つめる。急にみられたせいか焦っていたのが更に焦っ て見える。
「ごめんね、ショウちゃん。僕、ショウちゃんが大好き」
「?」
「いつもの冗談じゃなく、本気のホントに大好きなんだ。もうラブなの。…でも 、センセも大好きだから……僕は諦める。だけど、ショウちゃんの横顔みてたら好 きが止まらなくなっちゃった…言うつもりなかったからごめんって」
「風門寺君…」
「あー、何にも言わないで。僕、振られたことないからどうなっちゃうかわから なくなるから」
「…いや、ふ――」
「ダメ――言わないで。本当に…」
「……ありがとう、ございます」
易しいトーンで響く声。本当に無自覚で好きにさせるんだから。センセもきっと 気が気じゃないだろうな。僕もいつもそうだった。特に女教師は怖かった。けど 、センセだったら大丈夫。だから、諦められる。
「悟郎くーん、みつかっ…たみたいだけど、どうしたのっ?」
センセが僕らを見つけて、走ってきた。そして僕が泣いていたのをみて慌てて駆 け寄る。
「どうして泣いてるの?って……衛さんっ、また悟郎くん叱ったの?」
「えっ?」
「いいじゃない。こんなに可愛いんだから。悟郎くんより不細工な子はたくさん いるじゃない!綺麗に越したことないんだから」
と、力説する。僕らは何だかおかしくなって視線を合わせて笑った。
きっと今はショウちゃんと初めてあった時より笑えてるはず。だって、こんなにス ッキリした気持ちなんだもん。
「そーなのぉ。ショウちゃん、またそんな格好してとか言って……ポヘラ悲しいー 」
と、センセに抱きつく。するとさっきの力説を更に強くショウちゃんに話してる。
困ったような表情のショウちゃんが背中越しからでもわかる。
(もう、二人とも大好きだから…幸せになってね)
少しだけ残っていた好きの雫が溢れ落ちた。